興信所の「浮気調査」
奥様のいる既婚男性と関係を持つ独身女性、いわゆる不倫関係の中で「愛人」と言われる立場の女性が存在します。このような女性が浮気調査を依頼してくるというケースが、実際に年間で一定数見られることは興味深い現象です。表向きには矛盾した状況にも思えますが、そこには複雑な心理や背景が絡んでいることが伺えます。
まず、「愛人」という立場の女性たちは、基本的には自分自身が不貞行為の当事者であることを理解している場合がほとんどです。不倫という関係そのものが倫理的にも社会的にも許容されないものであることを認識しており、罪悪感を抱えているケースも少なくありません。しかし、そうした感情があったとしても、不倫相手の男性に対する感情的な依存や愛情がそれを上回るため、関係を続けているのが現実です。
この状況下で愛人の立場にいる女性が浮気調査を依頼する理由には、いくつかのパターンが考えられます。一つ目は、不倫相手の男性に対する疑念や不信感です。既婚者である男性が他の女性とも関係を持っている可能性に気付き、「自分が裏切られているのではないか」という疑念から調査を依頼するケースがあります。この場合、女性は愛人という立場にありながら、自分自身が被害者であるかのような心理状態に陥ることがあります。不倫の中でさえも独占欲や嫉妬が生まれるため、他の女性の影を排除しようとする行動に出るのです。
二つ目は、男性が約束を果たさないことに対する不満です。例えば「離婚して君と一緒になる」という典型的な言葉を信じて不倫関係を続けてきたものの、男性が行動に移す様子がなく、進展が見られないことにしびれを切らして調査を依頼する場合があります。この場合、女性は男性の言葉の真偽を確かめたいという心理や、男性の家庭内での状況を具体的に知りたいという動機を抱えています。愛人という立場であっても、自分を守りたい、あるいは現状に対する正当性を見出したいという欲求が見られるのです。
三つ目は、不倫関係の中での立場を正当化したいという心理が影響している場合です。不倫相手が「妻とはもう冷え切っている」と言っていたのに、実際には家庭生活が円満である可能性が示唆されるような行動があった場合、愛人の女性は「自分は騙されているのではないか」と感じることがあります。この疑念を解消するために、男性の家庭内の実態を知る手段として浮気調査を依頼することがあります。
こうした依頼をする女性たちは、不倫という行為の当事者でありながら、自分が置かれている状況を合理化しようとする心理的な防衛機制が働いていることも少なくありません。不倫相手の男性との関係を正当化し、自分の感情や行動に一定の納得感を得るために、浮気調査を利用するケースもあるのです。特に、不倫関係が長期化し、将来的な期待が膨らむにつれて、自分の立場を明確にしたいという欲求が強くなる傾向があります。
浮気調査を依頼する「愛人」の女性たちの行動は、一見すると矛盾に満ちているように見えます。しかし、それは人間の感情や関係が持つ複雑性を象徴していると言えます。不倫という倫理的に厳しい状況の中でも、女性たちは自分の感情や立場を整理し、次のステップに進むための手がかりを求めているのです。こうした依頼を受ける側としては、非難や偏見ではなく、その背景にある感情や動機を理解することで、依頼者に寄り添った対応をすることが求められます。
ここで、少し前の話になりますが、興信所で担当した、ある不倫関係にある独身女性からの浮気調査依頼について詳しくお話ししたいと思います。この依頼人は、既婚男性と不倫関係を続けているいわゆる「愛人」と言われる立場にありました。その状況に至る経緯から調査結果、そしてその後の顛末まで、非常に複雑で感慨深い内容だったことを記憶しています。この経験は、不倫という人間関係の難しさ、そこに生じる感情の複雑さを如実に示すものでした。
依頼人は30歳を過ぎた看護師の独身女性で、勤務先で知り合った41歳の既婚男性、内科医との関係を2年間続けていました。この不倫関係のスタートは、彼女がその医師と勤務する大学病院で出会ったことがきっかけでした。看護師と医師という職場内での不倫関係は、決して珍しいものではありません。医療現場という特殊な環境では、勤務の過酷さや密なコミュニケーションが必要とされることから、職場内での恋愛感情が生まれやすいとされています。このような背景から生じた不倫関係の調査依頼は過去にも多くあり、当興信所では同じ病院内の医師を対象に年間で3件もの浮気調査を行ったこともあるほどです。
今回のケースでも、依頼人はある総合病院に勤務する看護師で、相手となる内科医とは2年にわたり密かな不倫関係を続けていました。依頼人は、当初から相手男性の家庭を壊すつもりはなかったと言います。それどころか、彼女は週に2〜3回程度の逢瀬が続けられれば満足だと考え、これが自分にとっての「幸せ」であると感じていたようです。彼女は、世間から見れば「都合の良い女性」と思われても仕方がない立場かもしれませんが、それでもその関係に一定の安定と満足感を見出していたのです。
ところが、不倫関係が1年半を過ぎたあたりから、相手男性との会う頻度が減少していきます。「家庭の事情」や「仕事の都合」といった理由を告げられ、逢瀬は週に1回程度、ひどいときには2週間に1回ほどにまで減ったそうです。依頼人はこの変化に疑念を抱き始めました。女性特有の勘というべきでしょうか、彼女は相手男性が何かしらの嘘をついているのではないかと感じ、自分以外にも交際している女性がいるのではないかという不安に駆られたのです。そこで、浮気調査の専門機関である当興信所に調査を依頼する決断を下したのでした。
最初に依頼人が接触してきた際、彼女は「妻」を装っていました。しかし、話を進めるうちに不自然な点がいくつか浮かび、依頼人が配偶者ではないことが明らかになります。浮気調査契約を締結する際、依頼人に正直な話をしてもらうことは極めて重要です。不正確な情報や虚偽があると信頼関係を築くことが難しくなり、調査の成功率にも影響を及ぼします。こうした理由から、依頼人に対して境遇を正直に話してもらうよう説得したところ、彼女はついに自身が「愛人」であることを打ち明けました。
彼女は、不倫関係を続ける立場でありながら、自分自身が不利な状況にあることは十分に理解していました。彼女は「仮に別の女性との交際が発覚しても、自分は訴えたり慰謝料を請求することはできない」と認識していたのです。しかし、彼女が調査を望んだ理由は、相手男性の真実を知りたいという純粋な動機にありました。「これ以上嘘に振り回されたくない」「自分の将来を考えるために事実を知りたい」という思いが、調査依頼に踏み切らせたのです。
調査は、依頼人の提供した情報を基に進められました。彼女からは、医師会関係者との打ち合わせや飲み会など、相手男性が仕事を理由に会えないと告げた具体的な日時が提供されました。そこで、当日は病院から相手男性を尾行する形で調査が開始されます。すると、相手男性は「医師会関係者」には見えない若い女性と合流。そのままパブで飲食を楽しんだ後、2人はラブホテルへと向かったのです。
ここで調査は終わりませんでした。依頼人との契約内容には、相手女性の身元を特定することも含まれていたため、調査は続行されました。ラブホテルを出た2人がそれぞれタクシーに乗り込むと、探偵は女性の後を追い、その女性が男性医師の勤務先近くのマンションに入る様子を確認しました。しかし、オートロックのため部屋番号までは特定できず、その日は調査を終了しました。
翌日、撮影した女性の写真を依頼人に確認してもらったところ、驚いたことにその女性は依頼人が勤務先で指導していた後輩看護師であることが判明しました。依頼人は、自分以外の交際相手がいるという事実そのもの以上に、その相手が後輩であったことに深くショックを受けていました。しかし、後輩看護師は依頼人と男性医師が交際していることを全く知らなかったようです。それでも既婚男性と関係を持ったという事実には変わりありませんでした。
最終的に、依頼人はこの事実を男性医師に伝えることも、後輩看護師に強く追及することもできませんでした。ただ後輩に「その男性には別の女性もいる」とほのめかす程度にとどまりました。そして、最終的には男性医師との不倫関係を清算するのではなく、継続するという選択をしました。その後も彼女は男性医師に対する不信感を抱えながら関係を続け、たまに浮気調査を依頼してくる「常連顧客」となったのです。
このような体験談は、不倫関係の持つ複雑さを浮き彫りにしています。依頼人の抱える葛藤や、相手男性の行動から受ける影響、そして関係を清算するかどうかの決断に至るまでの心理的な過程は、一筋縄ではいかない人間関係の難しさを象徴しています。浮気調査の現場では、依頼人が置かれた境遇に寄り添い、冷静かつ丁寧に事実を明らかにすることが求められるのです。